ご先祖さまを知る あなたのルーツ 守り守られる

ご先祖さまを知る過去帳と呼ばれるものがある。

 

私が高校生の頃だったか、一度父方の兄弟で、過去帳なるものでご先祖様のルーツを辿った。

ご先祖様を敬うことは
自分のルーツを知り、ご先祖様を大切にするこということだが、同時に自分を大切にするとういうこと。

 

ご先祖さまに手を合わせる時

何かその家で悪いことが起きた場合

手を合わせ祈る気持ちで拝む

でもその拝む人の心の底

悪い事が起きました。こうなったのは先祖さまのせいなのですか。拝みますよ 。祈っています。 だからお許しくださいますよね。

ご先祖さまは、きっとこう思います。

私達のせいではありませんよ。
あなたに起きた悪いことは、あなたがしたことの現れでしかない。 私達のせいではありませんよ。誰かのせいにして生きていては、悪いことは繰り返しあなたの周りで起こりますよ。
誰のせいでも、私のせいではないのです。気づきなさい。と。

きっと怒ったりはしないけれど、悲しい気持ちになって一生懸命拝んでいる人をみつめているのではないでしょうか。

ー先祖さまは守ってくれているー

悪いことが起きないにしても
私は、毎日手を合わせて拝んでいます。
ご先祖様 拝んでいます。
どうかお守りください。

その人の底の心理が

拝んであげています。こんなにしているのだから、守ってくれますよね。

自分のためだけに、毎日拝んであげています。

だったら、きっと

ご先祖様は、また悲しい気持ちで拝んでる人を見つめるのではないでしょうか。
人を見抜くご先祖様が、そんな風に感じているとしたら。

ご先祖様がいて、だからこそ自分が今ここに存在できている。
ずっと繋がっていて、自分がバトンを受けとった。
ご先祖様そして自分。手を合わせて拝むことは、ご先祖様に感謝すること。そして自分に感謝することでもある。

自分へ対し感謝できている人は、少ないように思う。

存在意義

人は、存在しているだけで尊い存在。さらに、何かをしているということは、人の役にたっているということ。
人に褒められることもなく、目立っているわけでもない。
大なり小なりあるだけで、賞賛されなくても
お金を受け取っているということは誰かの価値を支えているということ。

自分の存在はだれかのために、何かのために必要なのだから。

先祖さまの価値を      自分の価値を認めること。

 

シンプルだけどきっとこれが1番先祖さまの供養になるのではないか。

先祖さまや、人のせいにしない。
拝むこという行為を決して特別なものにしない。

導きの糸を発見していく。

 

お墓に行かなくても、いつだって手を合わせ感謝できる。

特別な行為にせず、自分から起きた感謝の感情は、心の中だってすぐ拝むことはできる。

特別な行為にするのではなく、特別な価値に気づくことが1番大切ではないか。

(だからといってお墓参りやお仏壇に行くことを否定しているわけではない。)

生きるに値する価値

そのことを自分の中で気づく行為こそ、先祖さまを敬う行為につながるのではないだろうか。内奥にあるほんとの自分に気づく。 ありのままの自分に拝み、気づく。

そんなあなたを、きっとご先祖さまは、保護してくださる。

拝んで心をマッサージする。心もご先祖様も保護れて  ほごれて  ほっこり

少し自分のルーツを見つめる  気づくことも大事ではないか。

畏敬の念があれば通じ合い響きあえる。

 

ーご先祖様の声ー

あなたは、自分でできると感じていた以上の力を見い出せる。

あなたの可能性は無限大だよ。

自分を信じ、自分の中にあるものを開花させなさい。と

開花し、その花を手向けよう。

健康や運命というものは、
それを消極的に考えない人々にのみ
恵与されるよう、
宇宙心理ができている。中村天風

私は力だ。力の結晶だ。
何ものにも打ち克つ力の結晶だ。

だから何ものにも負けないのだ。
病にも運命にも、
否あらゆるすべてのものに打ち克つ力だ。
そうだ!!強い強い力の結晶だ。  中村天風

 

強い力の結晶に気づくこと

 

人生の中心に引き戻し、自分であり切らねばならないことに気づくこと

 


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