気球に乗って行こう

高校の時の同級生7人と、久しぶりに再会した。

みんな高校の時のまんま。変わったのは、外見で、まあ、年相応に歳をとっていて。

中身はあの頃のまんまだから、懐かしく嬉しく。そんなだから、

盛り上がる盛り上がる。おばちゃんパワー炸裂で。

始終あの時あーだこうだ。あんた、あの時こーだったよね?と、

とにかく笑いが絶えず、笑い死ぬかと思ったくらい。

若い頃は、考え無しで行動するもんだから、あの頃、失敗したなーと思ったことも、今ではバカなことしたよねー!

と、腹を抱えて大笑いして。あの頃に、戻りたいなーなんて話したり。

それが最高に楽しくて。けれど、みんなしっかり今を生きていて。しっかりお母さんしていたり、自分の場所をしっかり築いていて。

もちろんいいことばかりではない。お互いぶつかったり、離れたり、いろんな感情が湧き上がったあの頃。いいことも悪いことも全部ひっくるめて、そんな仲間がいたこと。あの人達の前で、ありがたいなんて言ったら、絶対に「気持ち悪いな」と笑われそうだけれど、心の底から、仲間になれたこと、出会えたこと。

感謝。

 

過去があって今の自分がある。過去にひっぱられて、ついつい過去の引き出しを開けてしまう。けれど、過去の引き出しをのぞいて過去に戻って、過去に執着しても何も変わらない

無意識に過去に戻って自分の意図せずに戻されて、つい引き出しを開けてしまい気分が落ちる。

何も変わらないものに執着するべきではないのか。

そうではない。

それは、悩む力があるということだから。

過去に戻って、あーだったら、こうだったら、と思い悩み。しっかり悩むチカラのあるあなただから。

引き出しはあっていいのだ。

それもあなたの、大切な一部で。そんな自分を愛してあげて欲しい。

けれど、愛せなくて、悩むしかなくて、悩むチカラがあまりに大きすぎて

辛くて苦しいなら。

苦しいって、周りに言ってもいい。

そして、今。この今に。少しだけ想いを寄せる。少しだけでいいから。少しだけの努力をして欲しい。

あなたの周りには、あなたを愛してくれている 今  があるということ。

過去の引き出しを開け、あーして欲しかった。こう愛して欲しかったと、想い悩むチカラを、

そのチカラを、ほんの少しだけでいいから、過去ではない現在。今の愛に寄せる。

 

過去の愛の風船は、どんなに想いをはせても、もう膨らんではいかない。引き出しの中身をのぞくだけで、何も変わらない。

でも、現在。今は、いくらだって膨らませることができる。自分自身で。

そして、それは、ひとりではない。みんなで膨らませることができる。

過去に戻って悩むチカラが、今の自分の可能性を拡げるチカラに少し変えただけで、周りの幸せも上がるということに、どうか気づいて欲しい。

あなたの存在が、愛を与えていることにどうか気づいて。

今のこの愛に、どうか戻ってきて。

一緒に愛の風船を膨らまそう。

大きく大きく。みんなで大きくしたら、気球になる。

 

気球に乗ってどこへだって行ける。

 

気球に乗ってどこまでも               童謡

 

時にはなぜか 大空に
旅してみたく なるものさ
気球に乗って どこまでいこう
風に乗って 野原をこえて
雲をとびこえ どこまでもいこう
そこになにかが まっているから
ランランラ ランランランラン
ランランランラン
ランランラ ランランランランラン
ランランラ ランランランラン
ランランランラン
ランランラ ランランランランラン

時にはなぜか 大空に
旅してみたく なるものさ
気球に乗って どこまでいこう
星をこえて 宇宙をはるか
星座の世界へ どこまでもいこう
そこにかがやく 夢があるから
ラララ ラララ ララー

 

 

 

 

 

どうか 愛という名の偽物に殺されないで

愛という名のついたその真っ赤な林檎なんてきれいな赤。真紅のその美しい林檎は。一体どんな味なのか。

そうだね。

かじってみても、どんな味か試しても いいかもしれないよ。と、誰かが囁き、愛という名のついたその真っ赤な林檎を、私に差し出した。

一口だけ。

一口だけほおばった。

これは、なんだ。なんて味なんだろう。

あれ。なにも考えられない。考えるのさえ、なんだかとても面倒くさいよ。

だから、考えるのをやめたんだ。

誰でもみんながみんな、主役になりたいこの世界。

この世界は、仮面舞踏会のようだ。私も、考えるのが面倒くさくて、みんな楽しそうで、きらびやかなこの世界の舞踏会で、

ただただまわるまわる。踊る踊る。

踊ってたら、きっと誰も傷つかないよね。

だから、あの冷たい視線を気にしながらも、ただただ踊るよ。

この舞踏会は、この世界は終わらない。終わらない舞踏会。

永遠に続く舞踏会。仮面を被った人達は、すまして気取って、ほくそ笑む。

冷たい視線を無視して、黒い部分を隠して、私は踊り続ける。

けれど、仮面の下の冷めた目を見ていたら、何か気になって。

引っかかる。

何か忘れているよ。

何か、大切なことを。

忘れてる。

あれ。なんだったかな。何か忘れてるんだ。なんだろう。なんだっけ。

私は、何かに気づいて、踊るのをやめたんだ。みんなが踊っている舞踏会で、ただひとり、立ち止まった。

 

冷たい視線は、私に集中して、踊りをやめた私は、押さえつけられそうになった。

ここにいてはいけない。逃げなきゃ。はやく。

偽物の舞踏会だって気づいたから。

偽りの自分に気づいたから。

この世界は、偽物。自分のこの手で、この世界をぶち壊す。

壊れたこの世界は、粉々に破片になって飛び散った。私も、宙に舞ってそして、下へ落ちるよ。だんだん落ちていく。落ちる。ずっと下へ。

落ちた場所は、沼だった。黒い沼だ。身動きも息もできないよ。

助けて。苦しいよ。なんでこんな目にあうのか。怒りがこみ上げて、憎いよ。

誰か、助けて。息ができない。

私は、泥まみれで沼から出られず、ただの生きるしかばねだよ。

向こうにかすかな光が見えるけれど。

とてつもなく遠くに見える。絶望的だ。だから、身動きが取れなくて、ここに沈んでいるんだ。ただ、沈んでることしか、もうできない。

悲しくて悔しくて、許せなくて。苦しいよ。誰もわかってくれないよ。

私は、生きるしかばねになったんだ。ただただ、絶望するしかないのか。

けれど。

こんなの嫌だ。嫌だよ。

 

絶対に。

忘れてしまった何かを、私。見つけないと。

探さないと。

やっぱりダメだ。ここにいちゃ。

必死に沼から少しずつ這い出した。全身泥まみれで。地面を這って、這って。

這ってでも進んだんだ。少しづつ。

とてつもなく遠くに見えるあの光を目指して。あそこに、探しものがきっとあるはずだ。

忘れている何かが。きっとあるのかもしれないって。

生きるしかばねになった私は。もう踏みつけられたって、何をされても全然平気だよ。

傷ついたりしない。

誰にも、止めることはできない。

あの光こそ、きっと私の探していたもの。

 

探しものは何ですか?探したいものは何ですか?

 

もう愛という名の偽物には、惑わされたりしない。

あの光が、私を包んでいてくれるから。

 

大丈夫。大丈夫だよ。

もう、戻らない。

大丈夫。

思い出したよ。自分のダンス。

自分だけのダンスを。

 

完璧主義で生きるのではなく 丁寧に生きる

子供の言葉にはパワーがある。

子供たちに真剣に向き合い、勝負しなければいけない親子同士の戦い。

中学校最後の試合。それは、親子対決。

以前も息子と、対決したが、今度は娘。

ソフトボール。

野球さえも見なかったし、ずっと文化部であった私が、試合に出なくてはいけない。

バットの持ち方も、ボールの取り方も、わからない。とにかくどっちも怖い。

試合のために、娘が一度だけキャッチボールをしてくれた。

キャッチボールだけでも、体にぶつかりそうで怖いし、取った時に手が痛い。

怖いし、痛いし。あー、おそろしい。なんで、こんなスポーツを好き好んでするのだろうか。

こんなでかい球を投げたり、取ったり、本当に良くやってるなー。と、改めて感心した。

その、たった一回の練習のみで、試合

母は、私だけ。他は、スポーツの出来そうなお父さんたち数名と、現役のお兄ちゃん。

なんということでしょう。

ハイレベルな戦いになりそうではありませんか。

足を引っ張るのは私だけ???もうちょっと、練習につきあってくれても良かったよねーー。娘よ。と、半ば恨みながら。

もうこれは、とにかく真剣に楽しむしかない!!と、腹を決めて

いざセカンドへ。

球はビュンビュンくるし、思うように体は動かない。

バッターに立っても、とにかく球が怖い。何度も体に受けそうになりながら回避。

娘がピッチャーをやることになり、私は、バッター。本当の親子対決。

最後の最後に、真剣な思いは通じたのか、思いっきり振ったバットに球が当たり、打った球はぬけ、2塁ベースまで全力疾走。その後も、次のお父さんが、打ち上げ、私は、ホームベースを、生まれて初めて踏むことができた。

やったーーーーーーーー!!!!!

真剣な思いと、楽しみたいというポジティブな気持ちだけで、打つこともできたし、守りも完璧ではないけれどやることができた。試合にも、勝ってしまった。

コーチやみんなからも、褒めてもらった。あんなに怖かったソフトボールが、最後には、面白いと思えてしまった。

本当に、やってみないとわからない。無理なもの。怖いもの。と、決めつけているのは、やはり自分だけで、やれないことなんて、ないのかもしれないと。

 

本当に、この三年間いろいろなことがあった。うまくいかないことの方が多かったと思う。

けれど、うまくいっていた三年間よりも、うまくいかなったことの多かった三年間の方が、ずっとずっと感動が大きい。

泣き泣きの3年生を送る会ではあったが、1人1人の子供達の言葉には、いろんな強い想いが込められていて、キラキラしていて。

子供たちの挨拶で、コーチに対し、ソフト以外のことも教えてくれた人と話す。三年間で、子供たちの心に、コーチの想いはしっかりと響いていた。

 

怒る者よりも
怒られる者のほうが
気は楽だって。

反対に言えば、
怒られる者よりも、
怒る者のほうが苦しいんですよ。中村天風

毎日ボランティアで教えてくださったコーチ。人を導くという崇高な務めに、感謝の気持ちと共に、あったかい人間愛を感じて。そんな部活に入れたことに、心から感謝して。

今までの苦しみや悲しみ、嬉しさや楽しさ。子供たちが想いを言葉にする事で、全部光に変わっていくように感じた。

子育てを通して、親も成長していくというが、初めての体験もさせてもらえ、子供たちのたくましい生き様にも触れることができ、この三年間。振り返ると、本当に感謝の想いしかない。

娘は、これからもソフトボールを続けたいとみんなの前で宣言をした。

 

親も子も、共に成長でき、感動できる部活は、これからも応援し、共に成長していきたい。

そして子供のパワーを受けながら、丁寧に生きていきたい。と、強く感じた。

 

 

 

 

 

 

キレる子供 自分の限界を知るために生まれてきたんじゃない

ただ、ただ、“がんばらなければならばい”に囚われて、自分の限界を知るために、私たちはうまれてきたのではない。

キレる子供

キレる子供の暴力行為が低年齢化し、増えているという。

いい子とは

起きる時間、寝る時間をきちんと守り、好き嫌いを言わずにご飯をお行儀よく食べ、勉強もできる。友達もたくさんいる。ネガティヴなことは一切口にせず、親の言うことを、きちんとよく聞く子。

それがいい子の定義?

そして、そんな子供時代を過ごして大人になったら、素晴らしい大人になるのか。

なぜ頑張っているんだろう。

なぜ頑張るんだろう。

頑張って成果を上げている人は、えらい。我慢し厳しいトレーニングや、目標に向かって突き進み、必死に成果を上げている。成功している。何をやっても器用にこなす完璧な人。頑張れる人。

“偉い素晴らしい人”という自分をそんなカテゴリーに置きたくて、頑張っているのか。

それとも、先行きが不安で、頑張っておけばなんとかなる。この流動性の激しく高い社会の波に乗らなければならず、既存の安定性も求めてしまうがゆえの、不安感を減らすための頑張りなのか。

生きている。という実感が欲しくて頑張っているのか。

不安は潜在的に抱くもの。

子供達の心も、大人が思っている以上に、不安を増幅させているのではないか。

ただでさえ、大人の反応に過敏で、そのままを受け止める素直な子供たち。

大人のちょっとした言動や、表情だけで感じ取れてしまう子供は、ダイレクトに大人の不安ものみ込んでしまう。

なんだかわからないけれど、あれもこれもと頑張って頑張って。

 

今の子供は、時間が足りないと。時間が欲しいと、やることがたくさんあると。

忙しい。

自分の気持ちに向き合ってる時間なんてないし、それさえもったいないと感じるかもしれない。

けれど、ただ頑張らなければの波に流されて、だんだん自分が見えなくなっていくのではないだろうか。

米心理学誌「Psychology Today」では、ヒトはポジティブなことよりもネガティブなことに反応しやすいと指摘し、その原因を脳の動きから探っています。
John Cacioppo博士の研究では、ポジティブな感情をもたらす写真、ネガティブな感情をもたらす写真、ニュートラルな感情をもたらす写真をそれぞれ被験者に見せながら、情報処理の規模を反映する大脳皮質での電気的活動を記録したところ、ネガティブなものからの刺激に一番強く反応することが明らかになったとか。
これゆえに、私たちの態度は、良いニュースよりも悪いニュースに強く影響されがちになるようです。ちなみに、ネガティブなものにより強く反応するという脳の働きは、自分を害から守るために発達したと考えられています。

ネット社会。溢れる情報社会。

そんな社会にも、知らず知らずにストレスを受けている。

人は、ポジティブにも、ネガティヴにもなる生き物で、ネガティヴ部分を、大人がどう受け止められるか。

大人は、子供の思考にどう想像力を膨らませることができ、

“寄り添う”という、簡単なようで簡単ではないことを真剣に考えられるか。

 

ネガティヴなことを、大人も誰も受け止めてくれなかったら。

頑張れない、ダメな自分だ。ネガティヴな感情をどうしても抱いてしまう。頑張れない。けれど、ダメな自分を受け入れたくない。

優しさはぼやけ、イライラは募り、そのはけ口を、周りの誰かに。

行き場のない苛立ちの矢先を、誰かへ向けるようになったとしたら。

第二反抗期の思春期の子供は、子供から大人の体へ精巣と卵巣から大量に分泌される「性ホルモン」
性ホルモンが体だけでなく脳にまで入り込み、劇的な変化を生じさせる。シナプスは神経細胞同士がつながる接点です。このシナプスという突起が増えると新しい神経細胞のネットワークがどんどん作られていきます。
脳の偏桃体で神経細胞のつながりが増えると、細胞の興奮で生まれた感情がたちまち広範囲に広がり、感情が増幅されるます。

思春期の脳
思春期に性ホルモンの作用で活発になるのは、脳の中心部分。感情爆発を生む偏桃体や、記憶力の海馬、リスクを好む側坐核があります。これらの活動を抑えるのが前頭前野。前頭前野は、最後まで成熟しない。

思春期は、感情的になりやすく、記憶力、学ぶ能力も高まり、リスクを怖がらずにチャレンジしようとする。

こんな思春期の驚異的な脳パワー!!

こんなとてつもないパワーを持っている子供達。

やはりまわりの人とのつながりが大切。まわりの人が、良くも悪くもする。

植えつけられた観念、自分よりその観念の方に重きをおき

バランスを崩さないよう。

社会のこうあるべきという同調圧力に流されないよう。

しっかりまわりの大人が、寄り添える。

驚異のパワーを持った魂たちを導けるような

 

そんな大人でありたい。

本当に頑張っているのか?と、

疑いを子供に向ける前に

 

自分の視点を疑ってみる。

 

あなたとは、違う

別の魂だから。

 

 

 

 

過去 現在 未来 あなたの未来は

実体もかたちもない  見えているのに見ていない

過去 現在 未来

絶え間なく時は流れゆく

川の流れのように

未来はすぐ

いつもすごそこにあって

目には見えなくて

でも、確実に未来を受け取っているのは、あなたで

はじまりの瞬間はいつもすぐそばにあって

どう受け取るのか。その繰り返しがこの今で。

だから、過去はすぐ消えていって

過去が自分をつくっているのではなく、すぐそこにある未来があなたをつくっているとしたら。

未来をあなたは、どう受け取っていますか。

時は、絶え間なく流れゆく大河

なにか嫌なことがあって心がさまよっているなら、その葉っぱに彷徨う心。嫌なことを乗せて

あなたの川に流そう

原因となる観念を手放すこと

葉っぱは、向こうから水面を流れ、目の前を通って、また向こうへ流れていく。流れていった葉っぱは、すでにもう過去で、消えていく。過去に引っぱられずに、すぐに手放す。

あなたは、悩みと一体化している。切り離して、流していい。一体化し続ける必要はない。宝物のように執着する必要はない。一体化してそれが自分だと偽る必要もない。

だから、流そう。

感じきって昇華する。

 

流れてくる未来を、しっかりキャッチして進んだら、きっと大丈夫。

過去があなたをつくるんじゃない。未来があなたをつくる。

瞬間的に次々と生じては滅する。毎瞬毎に起こるこのプロセスの連続。

未来の光を感じて

照らされていることに気づけたなら、未来の自分はいかようにもきっと変えられる。

 

日本にある電線は、外国人には珍しいもの。

私たちは、住んでる当たり前の光景で、電線はあまり気にならずに、電線の先の風景を見てる。

見えているのに、見ていないものって。

この世には、見えているのに見ていないものが結構存在していて

それに気づけるか、気づけないか。

その視点は、大きな気づきとなる。

 

瞬間瞬間生じて、滅するこの世界。だからこその美しさが存在している。一瞬一瞬の美しさに、知らんふりの毎日では、降り注ぐ未来の光は受け取れない。

 

手放す生き方で、未来に念じ、心に絶え間ない光を。

 

あなたに100%選択権のある人生へ

 

しがみつかない人生は、美しい世界に癒される人生となる。

 

 

 

 

鬼と小鬼

埋もれているものがある。

あれは

埋もれてもう見えなくなる。見えなくなると思っているだけで、

ふわふわとした異質な空間に漂うその残像は、決して消えることはなく、常に追いついてくる。振りはらっても振りはらっても、ぴたりと張り付き、そこへ漂わせる。風の精霊は、そっぽを向く。

それを消すかのように、全力で。滑稽なくらい必死で、道化師のように振る舞い、隠れたその表情は、鉛の仮面のようだ。

異様なその行動は、犬が靴をはいているようなもの。滑稽としか言いようがない。知らず知らずにそれは、道化師ではなく、恐ろしい鬼へと変貌し始めた。

鬼は、侵食する。

静かに。

とても静かに。

蜘蛛の巣にかかった虫は、パタパタと羽根を動かすだけ。

毒で、麻痺する。

蜘蛛の毒のように、じわじわと見なくてはいけないものを、見えなくし、どうでもいい無意味な行動へとかきたてる。

罠にかかることもかけることも、その毒で、もうわからない。

 

 

鬼は、それでも

ある時気がついて

異様なことに気がついて

道化師だったことに気がついて

そこから抜け出すにはどうしたらいい。

まず、埋もれているものを掘り起こさなくては。

深く

どうしてこんなに深く埋めたのか。

小鬼がこちらを見て怯えている。なぜ怯える?

そうか、私は道化師ではない鬼だものな。鬼が、ものすごい形相で穴を掘っていたら、怯えるだろうな。

ようやく埋めていたものが見えてきた。

掘り起こしたそのうごめく生臭い悪臭を放つその黒い物。

見ているだけで吐き気がする。醜すぎて腹が立ってくる。腹が立って、なぜか悔しくて、情けなくて、許せなくて、苦しくて、悲しくて。

鬼の目には、大粒の涙。わんわん泣きながら、その黒い醜いものを一握りでチカラを込めて握りつぶした。

小鬼は、心配そうに見ている。

「私は、本当は鬼になりたいんじゃないんだ。」

鬼は、ポツリと呟く。

さっきまで怯えていた小鬼が、言った。

「掘り起こし、それを壊したなら、もう鬼ではないよ」

もう鬼ではない。

壊れたなら、もう鬼でいる必要もないのか。

 

 

なんと簡単なことを。なぜしなかったのか。

壊したのだから、それでいい。

そうか。ただただ、生きるだけでいい。

そのままで。

もう鬼ではない。なんて心が軽いんだろう。

そうだ。

日向で体があたたかくなったら

次は、木々の射し込む光を見に行こう。

黄金の田畑に吹く風を感じよう。

沢のキラキラした冷たい水を飲みに行こう。

夜には、星のような蛍を見に行こう。

 

鬼でいる必要はない。

 

 

 

蝉の一生 生ききるしかない

頑固

この頑固は、一番たちが悪い。

自分の考えを曲げられない人。自己愛が強い。自分の非を認めない。プライドが高い。人のせいにする。

頑固にも、筋道の通った頑固と、こうあるべきの頑固、自分がかわいいだけの頑固。

同じ頑固でも、

自分をみつめず、考えず、逃げて、問題に直視しようとしない頑固は、もう成長をやめたということ。

頑固な自分を認めて、そんな私を許します。と、自分を改める事は、そんな頑固ものにとっては、とても難しいこと。

この頑固

自分を愛さなければ。の自分に対しての執着で起こる。

男女間でも、両者喧嘩して相手に執着するから苦しい。どちらが正しいか。になるが、それも要するに自分に執着しているのだ。自分は、正しいのに、相手はわかってくれない。自分は、自分は、自分は。

と。

そうならば、すぐさまにでも、そのことを手放せばいい。相手はこうなのか。自分は違う考えだな。と、相手を認めた上で、自分の方が正しいを、手放してしまえばいい。

かといって、自分の軸をぶらしてもいいということではなく、自分も成長しているからこそ、自分をみつめながら、執着を手放す。

手放せなければ、ずっとお互いが苦しみあうことになる。相手に執着しているようで、自分に執着の過酷な旅になってしまうのだ。

わかってくれない考えの違う相手に執着するよりも、人が幸せになることに執着していたほうが、ずっと心穏やかに、幸せ。なんの苦しみも存在しなくなる。

悪魔をつくるもつくらないも、自分次第。

蝉の一生

虫や、植物、動物たちは、この世に生まれてきたことに感謝し、愛を感じて一生を精一杯生きている。

感謝しています。愛しています。と、想っているという意味ではなく、生きる。という壮大な愛を盲目的に受け止め、生を全うする。生を全うすることだけに、精一杯な虫や動物たち。

それこそが、最高の愛のカタチ。

勝手に息が吸えて、勝手に手や足が動く。勝手に目覚めて、勝手に眠くなる。勝手に声が出る。勝手に元気になって。勝手に感動したりする。勝手にうまくなってたり。

虫や動物たちは、もっとこうしてほしいなんてことは思わない。生を与えられたのだから、ただ、ただ、生を愛を全うすることだけに注力する。

人間も、勝手にできていることに、最高の愛に。もっと目を向けてもいいのではないのか。

そしたら、自分に執着なんてしなくなる。

生きてるだけで丸儲け。

あなたが、この世に存在しているだけで、それはもう、愛のカタチ。

愛のカタチの人、人、人。

人の絆や、つながりは、自分の考え次第で、いくらだって築いていける。

最近、また、新たな人との出会いがあった。

販売のことで、養護学校さんとコンタクトをとらせていただいた。

見学に来てほしいと呼んでくださり、見学させてもらった。

ガラスに絵や文字を写す製作を、子供達は、一つひとつの工程。暑い作業部屋で、丁寧に、集中して行っており、それにまず関心した。

そして、先生たちの、一人ひとりの障害の状態や、発達段階に応じ、子供達が社会参加の基礎となる「働く力」を育てるためのアイデアや、試みを教えていただいたが、先生のアイデアにも脱帽した。

利益を出すことが目的ではなく、子供達が、地域や企業と連携して経験値を上げていくという取り組みに、人との絆、つながりを改めて強く感じることができた。

子供達から、元気を!!と、楽しみに見学へ行ったが、それ以上に得ることが多く、そんな時間を与えてくださった養護学校の先生に、深く感謝し、これから切れることのない大切なご縁にして、これからの活動を進めて行こうと思う。

 

蝉の一生。

土から出てきてからは、短い命。けれど、時間は有限だからこそ、精一杯の生き方をしていきたい。

蝉のように。精一杯。

どこへ注力するかで、人生は決まる。

 

 

あなたは、強い? 弱い? 弱そうに見せているライオン

人は、人間関係でトラブルになったりすると、相手がこうだから。相手がこうしなかったから。と、向こう側に非を見つける。

それが、両者間で、非のみつめ合いになっていくがため、当然その人間関係はうまくいかず、距離をとらなくてはいけなくなる。

はじめ、愛から始まる人間関係。

この人、どんな人だろう。この人の、こんなところ素敵だな。この人の才能素晴らしいな。この人を、もっと知りたいな。

そんな愛から入る友達や恋人や、職場の仲間。

けれど、これが崩れていくと、人間関係のトラブルになる。

それは、ちょっとした思いやりのなさから、全てが始まる。

このトラブルが起きた時、必ず向こうが威圧的な態度だから、怖い。自分は、威圧的な態度を取られる側の人間だ。弱い方なんだ。と、決めつけ、思い込む。

けれど、それはそうではない。

どちらもライオン

どちらも強いからぶつかるのだ。同じもの同士だからこそぶつかる。

弱さを、身にまとっている強い人間なだけだ。怖い怖いと、同情をしてもらいただけで、自分も相手も、全く見えていない状態。

同じ強い人間同士なのに、片方が、弱そうに見せていると、相手は、強さに気づいているものだから、よけいに腹立たしくなる。執着も強くなる。

弱そうに見せているライオンのくせに。と。その人の言動。その人の行動が、逐一気になり始める。そして、弱いふりをするライオンとライオンの二頭の戦いがはじまる。その戦いは、無意味なもの。愛から始まったものが、戦いとなり、軽蔑までに至ってしまう。

けれど、これも弱いふりをするからこそ、相手をエスカレートさせてしまっているのだ。

弱いふりをしている自分に、しっかり気づかなくてはいけない。

強い自分なんだと、気づくこと。ふりをすることは、自分に嘘をついているということ。嘘つきは、誰も信用しない。軽蔑されるのは、当たり前のこと。

人を、思いやり本当に、相手のことを想っていたら、トラブルは起きない。

果たして相手を本当に思いやる愛が、あなたにありましたか?

自分自身しか見えてないからこそ、相手の執着を、暴走させるのだ。

ライオン同士、片方に愛があったら尚更、愛のない相手気づかない相手とのやりとりは、無意味で、ただただ、虚しいものになる。

 

虚しい。

強い自分に気づくだけ、相手と自分も同じなんだと気づくだけで、人間関係はうまく回りだす。

自分の相手に対する思いやりのなさ。自分だけ良ければいい。弱いふりをしていた自分。人に影響を与えてしまうということを、しっかり自覚できないと、決して、愛ある行動には結びついていかない。

相手が悪い。相手が、向こうが。

の、愛のないループをぐるぐるまわるだけ。

自分だけ良ければいい。

この感情こそが、全ての結果。

そこしかない。

愛のあるわがままは、受け入れられても、愛のない自分がよければいいわがままは、決して受け入れられない。

根っこが変わらなければ、同じことをまた繰り返す。

 

 

頑張りすぎは、やっぱりよくない。

全てが結果。悪い結果は、自分自身の責任のみ

向こう側にはない。

向こう岸を見ているだけでは、絶対に川は渡れない。

全ての根源は、自分だけがやってきたのだという思いあがり。

 

感謝こそが、生きる道。

心豊かにする。忘れない恋心。

さあ!!挑戦だ!!!と、主婦が意気込んだものの

最初から、早速つまづいてしまった。

まずは、しっかり資金をつくっていかなくてはいけない。資金があれば展開していける。まずは、収益。

インターネットのビジネス。

このネットの世界では、0在庫、ノーリスクで、何百万も稼いでいる人達が沢山いるようで。

自分が、売る物を実際見ないで、欲しい人へ安く提供する世界。

資金をつくるためだ。と、やってみようと動いてみたものの、商品選びから、とにかく疲れる。はじめにメンタルがやられた。自分は一体何をしているのかがわからなくなる。安いものを、ただ提供する。

ネットは、みんなに見てもらえるからと。安易な考え方。

これは、やらない方がよいな!!やる前から、やらない決断に至った。

利益は、商売をする上で、一番大切なこと。

けれど、何か違う!!

人様からお金を得ること、それはあまいものではない。そんなことは、わかっているけれど、やはり、利益利益にばかり走っていては、大切なものを見失ってしまう。

失ってはいけない軸は。

それは、やはり価値ある想いのこもったものを、お客様へきちんと届けると言うこと。

その軸は、絶対にぶれてはならない。

やはり、ネットにも自分たちが納得し、実際見たもの、良いものを提供しよう。

また、ネットだけではなく、直接お客様の声を聞き、お客様とふれあい、自分たちの商品を自分たちで伝えていこうと、そういった気づきとなった。2人の想いが一緒で、が、方向性が、見えた。

そう思っていたはずなのに、動いていてわからなくなるのだから、先が思いやられる。

けれど、動いてみての気づきだ。

 

近所に、「ガラス工房窯硝」というガラスのお店がある。

ずっと気になっていて、けれど、なかなか入るまで行かなかった。けれど、思いきって入ってみるとにした。

入るとそこには、ガラスという魅力満載の世界が広がっていた。大袈裟だろといわれるかもしれないが、綺麗ななんともいえない色合いの色が、ガラスに施されているものや、形が、一つひとつ違い愛着のあるもの。精悍な趣きで存在感のあるもの。

ガラスで、こんな世界観をつくれるということに、衝撃を受けた。

 

ガラスができるまでの大変な工程、ガラスの魅力を、お店の方が教えてくれた。

そんな作家さんの想いがこもった商品を、身につけたくなった。

ガラスのイヤリング。金色の模様が綺麗で、仕上がる時に、これが金になるか、銀になるかは、わからないのだということを教えていただき、不思議なガラスの魅力にすっかり恋をしてしまった。

商品に恋をする。

旦那一筋で、恋なんて、もうむかしむかしのお話になってしまったけれど、商品に、恋をするということはあるのではないか。

ものに恋をして、身につけてハッピー。部屋にあって目にするだけでハッピー

恋は人生を豊かにするもの。

若い頃のあの恋をしていた気持ち。その人しか考えられず、考えるだけで、どきどき。ワクワク。本当に楽しくて幸せだった。

ー恋の効能ー

知的好奇心が拡大した
よりアクティブになった
生きる世界がグンと広がった
これまでの考え方が一変した

 

 

 

 

こんな恋心が、起きるようなものをつくりだせたら。恋する商品。

ずっと恋心が続く商品。想いのこもった、素敵だな。と思われる恋する商品を、提供できたら。

 

もので心の豊かさを手にできたら、最高ではないか。

まだまだ、これからの道のりは長い。けれど、目標は、

そんな商品を目指して、頑張っていこうと思う。それは、最高に楽しいこと。

このワクワクがお客様にも、伝わるよう。商品で、伝えていく努力を楽しみながら。

 

人の想いは、必ず届く。

 

 

天使の羽音 http://www.tensinohaoto.com/

Tell your world

今日は朝から、感動で涙が溢れた。

 

セブンカラーズ様から、ある動画が届いた。

https://youtu.be/p9iWKsmfbm4の動画。

朝から、勇気と元気が出る動画。

いくつもの線は円になって繋がっていく。人とのご縁。

このインターネットの海原。

私を支えてくれているブロガーさんたちも、この歌のように、君だけの世界を展開している。

君が伝えたいことは、君の届けたいことは、たくさんの点は線になってどこにだって全て繋げていく。君の伝えたい言葉、君に届けたい音。インターネットの世界。

言葉、音に乗せ解き放つ。

この嬉しいトライアングル。このトライアングルが、もっと円に広がっていきたいねと、話せる仲間。ステキなご縁の輪。

 

子供の部活の会長をしていたが、最後のお別れ会の時に、会長からの挨拶の時、そういえばこのような話しをしたな。と、思い出した。

全国大会へ進んだあなたたち。この部活の部員一人一人、人に感動を与えられる人達なのだということ。そして、点と点を繋ぐように、決して無駄なことはひとつもなく、やってきたことは繋がっていて、人とのご縁。仲間がいる。やってきたこと全て繋がっていて、だから、自信を持って、あなたたちは、これからの未来を堂々と進んでいってほしい。

うまく伝えれたかは、わからないけれど、そんなことを挨拶で話した。

私が、このブログを始めようと思ったきっかけは、何か自分を変えたい。何かをはじめたい。挑戦したい。そんな衝動。そして、自分の想いを言葉にして、アウトプットし、自分自身をみつめたかった。

けれど、それが今度は、せっかくお金を払ってやっているブログなのだから、人様の役にたちたい。

こんな衝動にかられ、それなら、身近にいる友達を、このブログで応援しよう!!と、決心し、友達である“天使の羽音”さん。

ガラス作家の白鳥 祐美子さんを応援していきたい旨を、彼女に思いきって伝えた。

彼女は、作家さんとしての白鳥さん。起業家としての白鳥さん。作家なのか、商売人なのか

これが、自分の中でわからなくなり、いつしか見失ってしまったことで、作品に対してのモチベーションを上げることができなくなってしまった彼女。頑張らなければと、想いはつよくても、本当のやる気。自分の作品を創り出したいという欲求、闘志に、なかなか火はつかない状態になり、苦しみ、失速してしまったのだと思う。自分を見失わないよう、自分自身を見つめて、そんな彼女の心に寄り添い、寄り添うだけではない、お互いが刺激を受けて共に高めていけたら。

快く承諾してくれて、私のそんな想いで、応援がはじまったが、

この応援するということ。

応援って。

天使の羽音さんをブログで紹介し、ただ、アイデアを伝えるだけ。

それだと、走っている人の横で、自転車に乗り、声をかけて励ますまでもいかない、ただ、電話であーしたら?こうしてみたら?

と、アイデアを述べるだけの存在。

果たしてそれは、本当の応援になるのか。

アイデアや提案するのも大切なことだが、絶対に一緒にやって行った方が成果はある。

見守り、提案することも、人を応援することではあると思うが、私と白鳥さんの、最終的な大きな夢の方向が一緒であったこともあり、一緒に頑張っていこう。と、白鳥さんも、私と一緒にやっていきたい。と、言ってくださり、主婦の新たなる挑戦が始まった。

 

そんな決意表明をし、二人のこれからの活動を意識した時、引き寄せるかのように、サイエンスホーム様から、住宅展示場でのイベント開催の話が舞い込んだ。

これも、白鳥さんが、起業家として、5年も築き上げてきたご縁の繋がり。

見失いながら、苦しみながらも、築き上げてきた人とのご縁。

だからこそ、彼女は、絆を大切に。それをガラスへ表現する。

サイエンスホーム様との、この大切なご縁。

このご縁を大切にしたいと思い、動画を流してもらう提案をさせてもらった。

サイエンスホーム様も、その提案を快く承諾してくれて、私は、動画作りをはじめた。

ところが、あまりにご縁を大切にしたい!!ガラスの魅力を伝えたい!!!という想いが強すぎたせいか、

この動画。いじりすぎ。あまりに加工しすぎてしまいました。

 

 

サイエンスホームさん、白鳥さんも、文句も言わず、ありがとうというあたたかいお言葉をいただきましたが、やはり完璧主義に見えない完璧主義者ですね。

頑張りすぎは良くありませんね。

本当に手探り状態。この今を意識し。模索しながら、もがきながら、楽しんで。

いくつもの線は円になって、どこにだって 全て繋げていく

 

それを信じて

 

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