完璧主義で生きるのではなく 丁寧に生きる

子供の言葉にはパワーがある。

子供たちに真剣に向き合い、勝負しなければいけない親子同士の戦い。

中学校最後の試合。それは、親子対決。

以前も息子と、対決したが、今度は娘。

ソフトボール。

野球さえも見なかったし、ずっと文化部であった私が、試合に出なくてはいけない。

バットの持ち方も、ボールの取り方も、わからない。とにかくどっちも怖い。

試合のために、娘が一度だけキャッチボールをしてくれた。

キャッチボールだけでも、体にぶつかりそうで怖いし、取った時に手が痛い。

怖いし、痛いし。あー、おそろしい。なんで、こんなスポーツを好き好んでするのだろうか。

こんなでかい球を投げたり、取ったり、本当に良くやってるなー。と、改めて感心した。

その、たった一回の練習のみで、試合

母は、私だけ。他は、スポーツの出来そうなお父さんたち数名と、現役のお兄ちゃん。

なんということでしょう。

ハイレベルな戦いになりそうではありませんか。

足を引っ張るのは私だけ???もうちょっと、練習につきあってくれても良かったよねーー。娘よ。と、半ば恨みながら。

もうこれは、とにかく真剣に楽しむしかない!!と、腹を決めて

いざセカンドへ。

球はビュンビュンくるし、思うように体は動かない。

バッターに立っても、とにかく球が怖い。何度も体に受けそうになりながら回避。

娘がピッチャーをやることになり、私は、バッター。本当の親子対決。

最後の最後に、真剣な思いは通じたのか、思いっきり振ったバットに球が当たり、打った球はぬけ、2塁ベースまで全力疾走。その後も、次のお父さんが、打ち上げ、私は、ホームベースを、生まれて初めて踏むことができた。

やったーーーーーーーー!!!!!

真剣な思いと、楽しみたいというポジティブな気持ちだけで、打つこともできたし、守りも完璧ではないけれどやることができた。試合にも、勝ってしまった。

コーチやみんなからも、褒めてもらった。あんなに怖かったソフトボールが、最後には、面白いと思えてしまった。

本当に、やってみないとわからない。無理なもの。怖いもの。と、決めつけているのは、やはり自分だけで、やれないことなんて、ないのかもしれないと。

 

本当に、この三年間いろいろなことがあった。うまくいかないことの方が多かったと思う。

けれど、うまくいっていた三年間よりも、うまくいかなったことの多かった三年間の方が、ずっとずっと感動が大きい。

泣き泣きの3年生を送る会ではあったが、1人1人の子供達の言葉には、いろんな強い想いが込められていて、キラキラしていて。

子供たちの挨拶で、コーチに対し、ソフト以外のことも教えてくれた人と話す。三年間で、子供たちの心に、コーチの想いはしっかりと響いていた。

 

怒る者よりも
怒られる者のほうが
気は楽だって。

反対に言えば、
怒られる者よりも、
怒る者のほうが苦しいんですよ。中村天風

毎日ボランティアで教えてくださったコーチ。人を導くという崇高な務めに、感謝の気持ちと共に、あったかい人間愛を感じて。そんな部活に入れたことに、心から感謝して。

今までの苦しみや悲しみ、嬉しさや楽しさ。子供たちが想いを言葉にする事で、全部光に変わっていくように感じた。

子育てを通して、親も成長していくというが、初めての体験もさせてもらえ、子供たちのたくましい生き様にも触れることができ、この三年間。振り返ると、本当に感謝の想いしかない。

娘は、これからもソフトボールを続けたいとみんなの前で宣言をした。

 

親も子も、共に成長でき、感動できる部活は、これからも応援し、共に成長していきたい。

そして子供のパワーを受けながら、丁寧に生きていきたい。と、強く感じた。

 

 

 

 

 

 

子育てする親に適性テストは必要ですか

虐待が増え続けている。なぜ増え続けるのか。

この前、娘の中学校の担任の先生と話す機会があったが、その時に、クラスで何かひとつの目標にみんなで向かって行き、お互い信頼関係をつくれたらと思っているが、

何か根っこに人を信用できない。という部分が感じられる。と、おっしゃっていた。

インターネット、ラインやメールで、常に人とうわべだけの関係があり、悪い情報に晒されてしまう子供たち。

 

また、子供の土台となる家庭、親子関係は大きい。

 

娘と、新聞の記事について話した内容が、

子育ては大切な職業である。しかし、親には適性テストが課されることはない

バーナード・ショー

受験生もいることもあり、何か気になった記事内容。

たしかに誰でも親になる可能性はあるのに、義務教育ではおしえてくれない。

1人の人間を育てるのは、大変な仕事であり、子育ては、みんな初心者なのに、失敗が許されない。大人になれば誰でも自然にできるであろうと思われているけれど、本当はその範囲を超えている。

 

子育ては、自力で知識 情報を得て、身につけていかなければいけない。向き不向きの適性テストもないのに、失敗は許されないなんて。

世の親たちは、いろんな感情と戦って、子育てしてるのではないだろうか。

娘が、「子供が、迷子になってね。親とようやく出会えた時に普通は泣くんだって。だけど、そこで怒りだす子供ってね。不安定だからなんだって」

娘が4歳くらいの時に、具合が悪くなり、点滴をしていた時に、そういえば私に怒っていたな。と、思い出した。

自分は、しっかり子育てしているのだと思いたい。思い込んで見えないようにしたい。子育ての自信なんて、みんな本当はないのに。

 

でも、子供は、しっかりと全身で表してくれているのだ。

 

「ママ、気づいて」

って。

 

人はごまかしている。

人は、自分に向き合いたくないし、自分は、さみしくて、悲しくてつらくて。自信がなくて。なんて、そんなこと感じていないと強がりたい、ごまかしたい。

ここには、怒り という感情がある。

奥底に無意識

その上が、潜在意識

もっと上が顕在意識

ピラミッドの形のようになっていて、一番深くにある無意識は無自覚な気持ち。潜在意識がなんだかもやもやする気持ち。顕在意識ははっきり自覚のある意識

さみしくて、悲しくてつらいという、この自覚したくない感情がもやもやと上へ上へと上がってくると、外へ出さないように強力なエネルギーが必要になる。

それが怒りというエネルギー

これが強力なふたとなる。

意識するには耐えられない奥底の気持ち。これを自覚しないよう必死にふたをしようと怒りが出てくる。

 

奥底の無意識の中に、愛されたい。という愛だけ。

愛されたいのに。愛したいのに。

 

ごまかせば、ごまかすほどに迷宮に入り込んでいく。

ふたをした下にある感情は、決してなくならない

 

怒りの発散は、強いものから弱いものへ流れていく性質がある。

弱いものへ

愛したい。愛されたい。のただそれだけなのに。

ごまかして迷宮入りして

ほんとに求めていることから、どんどん遠ざかっていってしまう。

子育ては、まず自分のもやもやの気持ちに気づくこと、みつめることにあるのかもしれない。

子供は、いつだって教えてくれる。

けっして、強いものから弱いもへ流れない。

共に成長していく子育てへ向かっていけたら。

 

求めている奥底へ向かう旅へ

あなたも あなたも

光へ

ひかりへ

天使の羽音

http://www.tensinohaoto.com/

 

 

 

子育ての正解は、自分スタイルで

子育て支援。

小さい子供と親の、バス遠足。さくらんぼ狩りやいちご狩り。工場をまわったり、ある時は、アンパンマンやドキンちゃんの着ぐるみがでてくるショーがあったり。

子育て支援の、お手伝いさせてもらっていた時、

若いお母さんたちとのおしゃべりや、子供たちの笑顔を見ると、最高に癒され、3人の子育て、ちょっとひと段落。

の、私にとって子育て支援での交流は、楽しいひとときであった。

この対応でいいのかという支援の難しさは別として。

アンケートに、「スッタフが、神対応でした。楽しかったです」なんて書かれてたりすると、涙が出そうになるくらいうれしかった。

親が楽しんでいると、子供も、めいっぱい楽しい。

子供も親もいっしょに楽しい。そんな空間は、とても居心地がよく、ハッピー空間。

 

いいかげんが好い加減

 

子育ては、自分と子供。狭い中にいるような、小さい時にはとくに、自分と子供だけ、狭い空間に押しいられたような。孤立したような意識になることがある。

社会から孤立したような。働いていたお母さんならなおさら。

終わることのない子育てが、勝手に進んでいく中で、

「お母さん」と言う、大役をこなしていかなければというプレッシャーも、知らぬ間に心を重くしている場合がある。

 

子育てって、大変。

だけど、その分やっぱり楽しいこともあり。半分半分。

 

半々だけど、自分に余裕がないと、その半分の楽しいこと。笑えることに気づけなかったりする。

疲れやすかったり、イライラが続いたり、

バランスが崩れてると感じたら、周りに頼ったって、全然いい。

お母さんは、大役なんかじゃない。子育ては、お母さんだけが頑張るものじゃない。

だから、周りに頼ったっていいし、子育ては、親もいっしょに育っていくもの。

子育てのおかげで、自分も成長していけるもの。

完璧な子育てって、ないから。

まずは、

頑張りすぎてないかな。って

自分に気づいてあげるのも自分。

自分をいたわってあげるのも自分。

まずは、自分で自分を大事に。

 

 

子育て支援のように、人との出会える場は、子育てにとって大切。

私も、子育ては、親も親戚もそばにいなかったので、誰にも頼れない不安はあったけれど、同じ年頃の子供をもつお母さんたちに支えてもらい、今がある。

大変だったけれど、大変な時期の子育て真っ只中のお母さんたちといると、自分も自然に頑張れる。そして、いっしょに息抜きだってする。

たまには、いいよね〜。と、言いながら。

 

それができたら、バランスが取れてる子育てがきっとできる。叱ったり、笑ったり。そんな喜怒哀楽の素敵なお母さんに。

そんなお母さんと一緒の子供も、きっと泣いたり、笑ったり、コロコロ表情豊かな子供に。

今しかない時間。

もっともっと子育て楽しんでおけばよかったな。

いや、楽しんだほうなのかな。

比べるものがないから、わからないけれど。

 

お母さんしかいないのーーーって、頼ってくれる、自分を必要としてくれるそんな贅沢な人生の中では、一瞬の、かけがえのない時間。

を、苦にするのも自分。楽にするのも自分。

 

だから、絶対に無理なんてしない。自分のペースでいい。

いいかげんが好い加減。

自分スタイルで、子育ては楽しんだもん勝ち。

 

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いくらのろくてもかまいませんよ
たいせつなことはね   いくらでも前をむいて
自分の足で自分の道を歩くことですよ

みつを

 

 

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