恐怖体験からの気づき 思考力を鍛える

買い物の帰り、外に出ると雨が降っていた。家の窓を開けてきたことに気がつき、家に急ごうと車に乗り込む。娘は、助手席に乗り、私は、家の窓のことを気にしながら、ハンドルをきって駐車場から出た。

夕方ではあるが、雨も降っているので暗い。

家路を急ぎたいが、雨も降って暗いので、スピードを出さずに走る。

田んぼ沿いの直進道路。

娘は、アイドル 欅の曲を聴いていた。

直進道路、田んぼから、いきなり目の前に、動物が出てきた。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

ひいてしまう!!!と、急ブレーキをかけた。

が、ゴンっと、下の方で鈍い音がした。

ひいてしまった!と、感じた。

後ろに車がきていたので、その流れでそのまま進む。

「どうしよう」

ひいてしまったことが、ショックで、Uターンしてまた

ひいてしまった場所に戻る。

死んでいたら、どうしよう。娘にも、倒れた動物がいないか確認して。と、いう。

 

私も、運転しながら目をこらすが

動物がどこにもいない。

たしかにさっきの場所だ。

たぬきらしい動物が左から、車の目の前にあらわれたのに。でも、隣の娘は、右から出てきたよ!という。

なんだか、ばかされたような変な気分だ。

きっと、ブレーキをかけたので、あたりがそんなに強くなく、逃げたかもしれない。

人間の道路のルールを知る由も無い動物たちは、こうやってひかれてしまうんだな。と、思った。

人間だったら。と考えるだけで、恐怖だ。ゴンと、あたりました。では、すまされない。

感情と理論

人じゃなくてよかった。じゃあ、動物だったからよかったのか。

天地創造において、動物は人間より先につくられた。動物が人間より優先されるべきであると、ヘブライ聖書にある。

ユダヤ人なら、ホッとした私に、なぜ?の論議を繰り広げるだろうな。

ユダヤ人は、論理好きで、なんでも、なぜ?

考えること、議論することは娯楽であり、幼少期から論理的思考を養っているそう。

それは、常識に支配されないように。

私は、小学校の時、ニュースも見ない、新聞も読まない。世間に全く興味のないこどもで

その当時、英語を近所のお兄さんに、習っていた。いつも本を読んでいるそのひとは、

「 何か疑問はありませんか?  」

と、聞いてきた。学校の学習以外で、その時は、疑問に感じていることがない、思考停止状態。疑問が全くなっかった。惰性や、常識にとらわれている状態。

でも、その聞かれたことは、ずっと頭にある。なぜ、私は、考えることをしないのか。と、感じていても、惰性と、常識にとらわれ、そこから抜ける術を知らない。

 

成功者やお金持ち、弁護士がユダヤ人に多いのは、きっと、思考が、本質へと導くと知っていて、それを習慣にしている。それか、そのままの生き方なんだろうな。

 

これから、ますます国際社会で思考力は求められる。

私も、子供たちも、「なぜ?」を多方面、二次元、三次元から、考えれる思考へ。

思考力を鍛えるには
● 比較する癖をつける
● 予測をする
●自問自答する
●散歩の時間を大切にする
●長時間の音読をする

 

 

どうしても、感情に偏った考え方になりがちだが、

論理的思考、感情に左右されない思考力を鍛えていきたい。

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観葉植物との出会い

 

今、この瞬間を最後だと思い、燃え尽きるように生きること。そして最後に残された全ての夢も欲も愛も使い尽くし、何もない絶望の中で死ぬ。それこそが美しい人生だと私は思う。

ジョン キム

 

植物たちも、こんな生き方をしているんじゃないかな と、ふと思ったりする。

 

 

園芸店で、なんだか呼ばれたような、なんだか気づいてオーラをだしてくる観葉植物に出会った。

枝がぐんにゃりと曲がった葉っぱが小さい、なんとも魅力的な形のその植物。沖縄の植物。

観葉植物って、おしゃれなインテリアにもなるし、空気の清浄もしてくれるし、心を癒してくれるし、いいことづくしのありがたい観葉植物を、

私は、

 

 

枯らせてしまった。

終わらせてしまった。

死なせてしまった。

動物と植物の生命は、別もんだというイメージがあるけれど、枯れた。は、死んだ。なのだ。

地球上のあらゆる生き物に共通する生命の基本メカニズム。

動けるか動けないかの違いだけだ。

その植物を、死なせてしまった。

あんなに、話しかけたり、水をあげたりして可愛がっていたのに。

以前いただいた観葉植物も、枯らしてしまったことがある。その原因は、水のやりかた。

水のやりすぎで、根が腐ってしまった。

と、今回は、水を控えめにし、日に当たる場所の置いたりしていたのだが、枯れていく。なぜーーーーーーーーー?!

今度は、水不足?!

あと、考えられることは

植物はそこにいる人の悪い気を吸いとってくれて、吸い続けてエネルギーがなくなり、枯れてしまうんだとか。

確かに、観葉植物にかまってあげれる心の余裕は、その頃なかったなあ〜。

ほんとに植物の強さ、あたたかさ、ありがたさを感じて、本当に申し訳ないことをした。と。

枯れてしまった観葉植物を、外に持っていき、たっぷり水やりをして、どうか

 

どうか

 

生き返って

願いが通じた。

い、い、い、生き返ったーーーーーーーーーー。

よかったーーーーーーーーーー。

植物同士のネットワーク

 

植物同士のネットワークがあり、情報のやりとりや、養分のやりとりもしている。植物同士は、気体や香りを使って情報をやりとりしている。
 

きっと、そのネットワークで元気になったのかな。

植物は、すごい。

 

自分と同じ種であると認識して、養分を提供する。提供された植物は、夏場は、光の取り合いになるところだが、そこは、きちんとお返しをする。

なんて素敵なネットワーク。

音楽をきかせたり、話しかけたりすると、よく育つという植物。

ひとつの細胞から完全なクローンを生み出すことができる植物。そして、植物というのは、全身のいたるところにあらゆる機能が分散されている。

なんだか 神秘だなぁ。

植物は、誕生して32億年。人間、霊長類が生まれたのは、わずかに6000万年前。

きっと、人間よりはるかに高い高度な情報の共有で、

地球の記憶や宇宙からの情報も察知しているのか。

 

それに、植物たちは、トレードオフ(あちらをたてればこちらがたたず)という関係性の中でバランス取りながら生きてるだなんて。

一人勝ちということがないのが植物の世界。だから、地球には、多種多様な植物たちが生息しているんだ。

 

 

したたかに生きているんだなあ〜

 

植物たちのように、人間も、一人勝ち競争をしなくてもいい、植物と同じバランスをとりながら、みんなが助け合って共存していける世界に。

 

 

 

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人生の扉を開くことは 心を開くこと

● あなたの内にある無限のほう この扉を開くためには、

次のように肯定する習慣を身につけることです。

「神はいま私が必要としているすべてのものを補ってくれる」

 

やがて不思議なことが起こるはずです。



● 機会が2度君の扉を叩くなどと考えるな。

ジョセフ・マーフィー
● 過去と未来を鉄の扉をとざせ。
  今日一日の枠の中で生きよ

デール・カーネギー

● 努力は全ての扉を開く

きっと人生には、いっぱい扉が用意されていて、

でも、その扉があるのに気づけなかったり、

他の扉があるのに、しまっている扉のまえで動けずにいたり。

どうしても逡巡してしまうのはしょうがない。

 

だけど、扉があるって思ったら、その扉への 好奇心と期待と不安。

ワクワクとドキドキを楽しめたら。

やってみて失敗しても、その扉はしまって開かなくても、

また違う扉がどこかにあるんだったら、

失敗は、怖くなくなる?

 

どこに扉があるか。

心を開くと見えてくる扉がある。

心をひらくってどういうこと

 

20代のころ、言われた言葉が、まだ心に残っている。

「あなたは、壁をつくっていますね」

相手に壁をつくっている。そんなことはない。私は、すぐ人と仲良くなれるタイプ。壁なんて、とんでもない。

と、そう思っていた。

 

でも、その頃の自分を、今になって客観視すると、確かに、人に嫌われたくない。恥をかきたくない。いい人、できる人に見られたい。他人に頼らず、自分でなんとかする。と、自信がないくせに、プライドが高かった。嫌なことも、我慢して、我慢することが良いことと、思い込んでいた。

今も、そういった所がないわけではないが、昔は、その傾向が強かった。

本当は、人見知りで、傷つきたくなくて、臆病なのに、精一杯頑張って、私は、人と仲良くできる。仲間をたくさんつくれる。と、小学生から、演じてたのかもしれない。

社会生活での、抑圧状態を、感じていても、ごまかして自分の中に押さえつけている。

それが、他人には、しっかり伝わっていて、壁になって見えていたんだ。

傷つくのが怖い

これが、一番大きい。

人間関係も、何かをやろうとすることも、嫌われたら、失敗したら、と。自分が傷つくことを恐れているから。

ようするに、なにかにチャレンジするときに、その結果に対して、どう反応するか。

やはり、自分だから、失敗した。傷ついたからもうやめた。

なのか、

自分は成功するに値する人間だ。失敗ではない。これはチャンスだ。次に挑戦だ。

なのか。

 

いつまでも、傷つくことにばかり怯えていると、せっかくの前進できる扉があっても、それに気づけない。

もう怯えず、扉がないかなアンテナをはっていても

いいかもしれないな。

 

子供達の、これからの未来の扉も楽しみ。

 

 

 

 

 


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ブログをはじめよう

Reisui です。

40代になり

人生とは と、

いま一度立ち止まり、自分の人生ぐるっと見まわし

自分自身も見まわし

そしたら気持ちに変化が起きて

そうだ何かをはじめよう  と、

ギターと英語とブログをやりはじめた。

ネットの海へと船を出す🚢

 

私が、インターネット、ブログという この全く無知の世界 ネットの世界

テレビばかり、ネットもあまり見ないような
機械はにがてーと、

そういっていれば やらなくていいだろうと、

あますぎる考えの努力回避人間が

 

ネットの海に船を出そうと意気込んで

ブログを書こうと思いたったが、吉日。

まずは、設定の仕方や機能的なことを覚えるのに

は?  なに?  どういうこと?  なんで?  と、頭はフル回転で、

はてなの嵐でパニック

頭を抱える毎日。

いかに今まで、あまったれ人生。

人任せだったかを思い知ることに。

加えて、ブログの内容も、なにを書くべきか

なにを書いたら、人の役にたつのか。読まれるブログとは。

こーするべき。あーするべきに、完全に頭をのっとられ、

こりっこりに凝り固まり、身動きできない。

頭を抱える毎日。

いかに自分が完璧主義者であるのかを思い知ることに。

 

失敗したくないというブレーキが強力にかかる。

爬虫類脳に占拠されてしまう

脳には、この爬虫類脳があり、ここに

行動できないという しくみ が組み込まれているようで。

この爬虫類脳は、不安や恐怖、焦りの感情を呼び起こし、

やらなくてもいいんです。と、

ごもっともないいわけを、強力にプッシュしてくる。

失敗したくないというブレーキは、これだ。

 

何かをはじめるというのは、本当にエネルギーを使う

簡単に何かをやろうと思い立っても、いざやりはじめると、

なんでこんなことやろうと思ったんだろう。

はたしてこの私にできるのか。

疲れた。つらい。助けて。

 

でも、やらなきゃ。



なぜやらなきゃなのか。

 

 

そう、なぜ やらなきゃと思うのか。

でも、その気持ちと同じくらいの気持ちが湧いてきて
新しいことに挑むという意欲。

 

泉から水が湧きでるような。

 

努力回避人間から 妄想人間

 

物を作るのも、その完成形が見たくて完成図を妄想。

ギターも自分がうまく弾けるようになった姿を妄想。

英語もペラペラになって、外国人と友達に と妄想。

ブログもだが、

これからどう自分の気持ちが変化していくのかも合わせて、

妄想してワクワク

女性の8割が妄想しているみたいだけど。

妄想は行動の原動力かもしれない

 

爬虫類脳が いいわけ を考えつく

そのまえに行動に移す習慣を、

ブログを書く習慣とあわせて

やっていきたい。

 

ブログを読みあさるようになって、気づいた

ブログという  文章の純粋な力。

いろんなブログの記事、youtubeに助けてもらい、

ここまでこれた

感謝の気持ちをもって

あまったれで完璧主義者のデコボコ人間ではあるが、

デコボコしながらも、デコボコなりに

ブログづくり

楽しく頑張っていくぞ〜〜。

よんでいただき、ありがとうございました。