苦しみは、容赦なく襲う。絶望のさらに深い奈落の底に落とされた。
どんなに悲惨で、惨めで、やりきれなくても。
逃げ場なんて、どこにもなくて。
探そうともしない。探すことができない穴蔵だ。
だって、奈落の底は、私にぴったりね。
だから、穴蔵をね。遊園地にしちゃうんだ。そして、私は、ピエロになる。奈落の底のピエロ。
おちゃらけピエロ。

必死にピエロになるしかないんだ。ピエロを演じていたら、ここにとどまれるから。架空の幻想遊園地。
とどまることに、必死なピエロは、
風船をみんなに配るよ。ピエロの笑顔で。
だって、喜んでくれるんだもの。ピエロが笑っているよ。あいつは、ピエロだ。と、指をさされても演じきるしかなくて。
なんの芸だってできる。だれにも負けない。
絶対に負けたくないんだ。
絶対だよ。これだけは、絶対に崩してはいけないよ。それは頑なに守るしかない。
奈落の底に落とされた、あの悔しさと哀しさと、苦しみを、憎しみに変えて。その憎しみは、ピエロを演じることで、まぎれるから。
でないと、自分が壊れてしまいそうで。
守るしかない。
だから、必死に、演じて、自分の芸を、誰にも負けない芸を磨くの。あなたのために。
大切なあなただから。
けれど、あなたは、ピエロなんてどうでもよくて、次は何に乗ろうか。誰と乗ろうかと、胸を高鳴らせているんだよね。
だから、風船を差し出しても、あなたはそんなのは目に入らなくて、私は、また、おちゃらけながら、みんなに、愛想を振る。
だって、ピエロは、そういうもんでしょ。
そういうもんにならないといけないんでしょ。と、自分に言い聞かせて。私は、がんばるよ。あなたのために。
なんと無意味な、なんと無駄ながんばり。
私は、とっても明るいピエロになりきれたよ。
愛嬌のある、面白ピエロに
なりきれたと思うから。
ねぇ。ここは、幻想遊園地だよね。
幻想遊園地では、みんながにこにこ、私も楽しい気がして。だから、とどまるしかないんだ。

けれど、本当は、
哀しい哀しい、おかしなピエロ。
歪な形の、異様な風船を心にしまい込んだ哀しいピエロ。
あの人は、私なんて、どうでもよくて。
きっとあのことも、忘れてしまって。
私だけが、必死で守っているだけなんだよね。
みんなは、ピエロが好きだから、ピエロと一緒にいたいって言ってくれるけど、
時々、ピエロがしまい込んだ歪な形の、異様な風船が、浮き上がってくるの。
ある時、それは衝動的に、首をもたげてピエロを変えてしまう。
ピエロは、狂ったように踊り出す。ピエロが踊るその踊りは、あまりに不気味で、観ていると不快な気持ちになるんだ。みんな、怪訝な顔で、踊り狂うピエロをみつめる。みんなをただ、ただ、不快にしたんだ。

また、みんなにピエロの笑顔で、風船を配るよ。
そんなことの繰り返し。
そのうち、感覚は、鈍くなって。
何も感じられなくなるよ。
奈落の底に落とされたことも、すっかり忘れて。忘れたふりを必死にしているから、どんどん鈍くなる。
鈍くなり過ぎると、何も見えなくなって、幻想郷でしか生きられなくなる。ピエロでしか、もう生きられないって錯覚し始めるんだ。
それは、本当は、とても罪深いことなんだ。
見えなくしているのは、誰でもないあなたで、ピエロに仕立てたのはあなたで。あの人を許せないのもあなたで。自分を許せないのも、あなたで。

その罪は、大罪なんだ。
けれど、もう感覚は鈍って、見ようとしない、あそこへ帰ろうとしないから。
そんな罪を犯してしまっていることさえ、気づかずに、ずっとずっと、永遠のループにはまりこみ、何年も、何光年も、あなたは、ループし続けてしまうんだ。
だから、しっかり見ないと
あなたは、ピエロになっていませんか。
あなたは、怖がっていませんか。
あなたは、見えていないだけ。
見ようとしていたないだけ。
怖くないから、大丈夫。
抜ける時は、いっときの辛抱。しんどいのは、少しだけ。
何光年も、ループし続け、苦しまなくて大丈夫。
気づこうとしただけで、あなたは、許される。許して。許される。
絶対に大丈夫だから。
どうか怖がらないで。
ピエロでいる必要は、ないんだから。
全ては、軽やかに明るく、白い羽根のように。

あなたは、生まれ変わる。
ピエロの笑顔ではない、本物の笑顔に、変われる日が必ず、必ず来るから。