愛という名のついたその真っ赤な林檎。なんてきれいな赤。真紅のその美しい林檎は。一体どんな味なのか。
そうだね。
かじってみても、どんな味か試しても いいかもしれないよ。と、誰かが囁き、愛という名のついたその真っ赤な林檎を、私に差し出した。
一口だけ。
一口だけほおばった。
これは、なんだ。なんて味なんだろう。
あれ。なにも考えられない。考えるのさえ、なんだかとても面倒くさいよ。
だから、考えるのをやめたんだ。
誰でもみんながみんな、主役になりたいこの世界。
この世界は、仮面舞踏会のようだ。私も、考えるのが面倒くさくて、みんな楽しそうで、きらびやかなこの世界の舞踏会で、
ただただまわるまわる。踊る踊る。
踊ってたら、きっと誰も傷つかないよね。
だから、あの冷たい視線を気にしながらも、ただただ踊るよ。
この舞踏会は、この世界は終わらない。終わらない舞踏会。
永遠に続く舞踏会。仮面を被った人達は、すまして気取って、ほくそ笑む。
冷たい視線を無視して、黒い部分を隠して、私は踊り続ける。
けれど、仮面の下の冷めた目を見ていたら、何か気になって。
引っかかる。
何か忘れているよ。
何か、大切なことを。
忘れてる。
あれ。なんだったかな。何か忘れてるんだ。なんだろう。なんだっけ。
私は、何かに気づいて、踊るのをやめたんだ。みんなが踊っている舞踏会で、ただひとり、立ち止まった。
冷たい視線は、私に集中して、踊りをやめた私は、押さえつけられそうになった。
ここにいてはいけない。逃げなきゃ。はやく。
偽物の舞踏会だって気づいたから。
偽りの自分に気づいたから。
この世界は、偽物。自分のこの手で、この世界をぶち壊す。
壊れたこの世界は、粉々に破片になって飛び散った。私も、宙に舞ってそして、下へ落ちるよ。だんだん落ちていく。落ちる。ずっと下へ。
落ちた場所は、沼だった。黒い沼だ。身動きも息もできないよ。
助けて。苦しいよ。なんでこんな目にあうのか。怒りがこみ上げて、憎いよ。
誰か、助けて。息ができない。
私は、泥まみれで沼から出られず、ただの生きるしかばねだよ。
向こうにかすかな光が見えるけれど。
とてつもなく遠くに見える。絶望的だ。だから、身動きが取れなくて、ここに沈んでいるんだ。ただ、沈んでることしか、もうできない。
悲しくて悔しくて、許せなくて。苦しいよ。誰もわかってくれないよ。
私は、生きるしかばねになったんだ。ただただ、絶望するしかないのか。
けれど。
こんなの嫌だ。嫌だよ。
絶対に。
忘れてしまった何かを、私。見つけないと。
探さないと。
やっぱりダメだ。ここにいちゃ。
必死に沼から少しずつ這い出した。全身泥まみれで。地面を這って、這って。
這ってでも進んだんだ。少しづつ。
とてつもなく遠くに見えるあの光を目指して。あそこに、探しものがきっとあるはずだ。
忘れている何かが。きっとあるのかもしれないって。
生きるしかばねになった私は。もう踏みつけられたって、何をされても全然平気だよ。
傷ついたりしない。
誰にも、止めることはできない。
あの光こそ、きっと私の探していたもの。
探しものは何ですか?探したいものは何ですか?
もう愛という名の偽物には、惑わされたりしない。
あの光が、私を包んでいてくれるから。
大丈夫。大丈夫だよ。
もう、戻らない。
大丈夫。
思い出したよ。自分のダンス。
自分だけのダンスを。