埋もれているものがある。
あれは
埋もれてもう見えなくなる。見えなくなると思っているだけで、
ふわふわとした異質な空間に漂うその残像は、決して消えることはなく、常に追いついてくる。振りはらっても振りはらっても、ぴたりと張り付き、そこへ漂わせる。風の精霊は、そっぽを向く。
それを消すかのように、全力で。滑稽なくらい必死で、道化師のように振る舞い、隠れたその表情は、鉛の仮面のようだ。
異様なその行動は、犬が靴をはいているようなもの。滑稽としか言いようがない。知らず知らずにそれは、道化師ではなく、恐ろしい鬼へと変貌し始めた。
鬼は、侵食する。
静かに。
とても静かに。
蜘蛛の巣にかかった虫は、パタパタと羽根を動かすだけ。
毒で、麻痺する。
蜘蛛の毒のように、じわじわと見なくてはいけないものを、見えなくし、どうでもいい無意味な行動へとかきたてる。
罠にかかることもかけることも、その毒で、もうわからない。
鬼は、それでも
ある時気がついて
異様なことに気がついて
道化師だったことに気がついて
そこから抜け出すにはどうしたらいい。
まず、埋もれているものを掘り起こさなくては。
深く
どうしてこんなに深く埋めたのか。
小鬼がこちらを見て怯えている。なぜ怯える?
そうか、私は道化師ではない鬼だものな。鬼が、ものすごい形相で穴を掘っていたら、怯えるだろうな。
ようやく埋めていたものが見えてきた。
掘り起こしたそのうごめく生臭い悪臭を放つその黒い物。
見ているだけで吐き気がする。醜すぎて腹が立ってくる。腹が立って、なぜか悔しくて、情けなくて、許せなくて、苦しくて、悲しくて。
鬼の目には、大粒の涙。わんわん泣きながら、その黒い醜いものを一握りでチカラを込めて握りつぶした。
小鬼は、心配そうに見ている。
「私は、本当は鬼になりたいんじゃないんだ。」
鬼は、ポツリと呟く。
さっきまで怯えていた小鬼が、言った。
「掘り起こし、それを壊したなら、もう鬼ではないよ」
もう鬼ではない。
壊れたなら、もう鬼でいる必要もないのか。
なんと簡単なことを。なぜしなかったのか。
壊したのだから、それでいい。
そうか。ただただ、生きるだけでいい。
そのままで。
もう鬼ではない。なんて心が軽いんだろう。
そうだ。
日向で体があたたかくなったら
次は、木々の射し込む光を見に行こう。
黄金の田畑に吹く風を感じよう。
沢のキラキラした冷たい水を飲みに行こう。
夜には、星のような蛍を見に行こう。
鬼でいる必要はない。